絶対に逃げ切る
オタクというものは、誰でも自分にとって大切な「コンテンツ」がひとつはあるものだと、私は思っている。
それは漫画かもしれないし、アニメや映画かもしれないし、とにかくひとつのプロジェクト、もっと言えば「IP」を愛している筈なのだ。
私は何かと言うと、アイカツシリーズやらラブライブ!やらアイマスやら…もっぱら2次元アイドルコンテンツが主であるが、それらコンテンツを愛してやまない。
では愛してどうなったか?これは最近強く感じるが、まるで呪いにかかったかのような気持ちになるのだ。
コンテンツに触れ始めた最初には、考えてもいなかった思考が駆け巡る。
あーでもないこーでもないと、強くなりすぎた思いが、自身の精神をすり減らし、コンテンツへの向き合い方もわからなくなってくる。
いい例が、私が以前書きなぐったアイカツオンパレードへのお気持ち表明記事。
「アイカツ!」を信じろ!だがアイカツ!シリーズを信用するな! - 書きなぐり番長
今読むとかなり苦しいものがあるが、当時あまりにもショックで、精神を病んだ頃のブログである。
これが4年前、アイカツ!シリーズに出会った頃ならこうではなかったと思うのだ。
今でこそ、「いちごちゃん*1が成長しないのならば意味は無い」等とぬかしているが、当時なら手放しで喜んでいたはずだ。
喜べていたはずだ。
アイカツ!への思いが呪いのように強く自分を縛り付けている。
いや、自分で勝手に縛られて、それをコンテンツのせいにしているだけに過ぎない。
しかし、コンテンツとの距離感を間違えるとこうなってしまうのは、きっと仕方の無いことでもあると、思う。
いやそんな事がきっかけでこのブログを綴っているわけではない。
ホントのとこは、「推しが武道館いってくれたら死ぬ」という漫画の6巻を読み、感銘を受けたからなのだ。
その「推し武道」は、chamjamという地下アイドルグループと、そのオタク達を描いた作品。
現在6巻まで刊行されているが、その6巻には素晴らしい言葉が載っていた。
この漫画には、くまささん というオタクが登場する。そんな彼の言葉に胸を打たれた。
作中、くまささんのオタク友達である 基くん が、自分を「正しいオタクだ」「正しくないオタクだ」と嫌悪する場面がある。そこでくまささんは、基くんにこう投げかけた。
「基くん自身が1番 自分のオタクの仕方を否定しているんじゃないですか」
ハッとした。確かに、自分の中で決められた「いいオタク」「悪いオタク」という概念に左右されて今まで生きていたのかもしれないと。
また、作中にはこんな場面もある。
Chamjamと 別のアイドルグループ ステライツがツーマンをする事になった。Chamjamのオタクである基くんは、ステライツのメンバーに惹かれ、そちらの物販に行こうとするも、自身の推しメンであるChamjamの 空音ちゃん にバレるからと渋る。
しかし、そこでくまささんはまたハッとするような一言を言うのだ。
「行ってもいいんですよ オタクって強制されてやるものではないし…」
ハッッッッッッ!!!!そうだったのか!!!
オタクは自由でいいんだ!!!
今までは与えられた物を自分の限界まで消費しなければ、死んでしまうと思っていた。
しかしそれは思い違いであった。オタクは自分の思った通りに好きなように楽しめばよかったのだ。
例えば、限定SSRが出たからと言って必ず手に入れる必要はないし
全巻購入特典がCDだからと言って無理する必要も無いし
好きな女のフィギュアを出る度に買う必要もなかったんだ!!!
目からウロコの話である。いや、「そんなん当たり前だろ」と思われるかもしれない。かもしれないが…しかし、自分にとっては青天の霹靂であった。
少なくとも、コンテンツとの向き合い方に大きな進歩があったのは事実である。
コンテンツは呪いでもなく、ただコンテンツとして存在しているだけだった。
それを勝手に解釈して、自分自身が囚われている妄想をしていただけなんだ。
別に好きな女の事を1から10まで知る必要もないのだった。現実でそんな人間がいたら半ストーカーだし。
そんなこんなで、私は被害妄想をしてコンテンツに囚われることなく、自分の自由に手に取って楽しめばいいという、なんら当たり前の結論に至る。
これからは、楽しく、それでいて、ちょうどいい距離感で接していきたいものだ。
余談だが、私はアイマスシリーズのゲームにおいて、星井美希*2と風野灯織*3と一ノ瀬志希*4の担当をしている。
いや、わかる人はわかるかもしれない。わからなくてもいい。
正直、精神も財布もボロボロなのである。
だから、もういいよね。これ以上しなくても、いいよね!